Lꗗ

加藤文太郎記念図書館

ファイル 149-1.jpg 連休を利用して、兵庫県浜坂にある加藤文太郎記念図書館に行ってきた。加藤文太郎とは「孤高の人」の主人公で、大正から昭和初期に活動した天才的な登山家だ。単なる登山家だけではわざわざ訪れようなんて気が起きなかったのだが、やはり例の展示品のPiccolette(カメラ)を実際に見たかったからだ。
 厳冬の槍ヶ岳北鎌尾根で遭難したことは小説を読んでわかってはいたが、事実は少し違うらしい。カメラの他にも、登山靴、スキー、ピッケルなどの山道具や文太郎撮影の山岳写真、手帳等も展示してあった。
 せっかくここまで出かけたので、ついでに香住ガニのフルコースを堪能してきた。

KODAK Retina #149

ファイル 147-1.jpg 1939から1940年にかけて製造され、機能的には基本的に前出のタイプ148と同じだ。外観では軍幹部の巻き戻しノブ側にも黒いシボ革が貼ってあり、そのパーツがクロームである#148とは別物であることを容易に区別することができる。(普及版・廉価版のRetinette #012もコンビのようだ。)他のタイプにありがちなレンズとシャッターのバリエーションは存在せず、Retina Xenar F3.5/5cmとCompurの組み合わせのみだ。
 この手の物を入手するには、中古カメラ店を廻るかネットショッピング(オークション)を利用しなくてはならない。しかし、この頃はめっきり大都市圏へ出かけることが減ってしまい、その手軽さもあってもっぱらオークションのお世話になっている。中古で70年以上も前の物なので不安はあるものの、外観とレンズの状態さえよく観察すれば、どのみちこのシリーズは構造が単純だから、滅多に壊れているものには当たらない。あるとすればシャッターの低速でのネバリぐらいだ。簡単な修理で使用可能になる。そうはいっても国内のオークションには最近なかなか目を引くような商品が出品されていないので、とうとう海外のオークションにまで手を出しているこの頃だ。

Merry Christmas!

ファイル 143-1.jpg 今日はクリスマスイブだ。子供も大きくなりクリスチャンでもない我が家ではいたって普段と変わりはない。まぁそうは言ってもハロウィンとは違い、もはや日本の年中行事となってしまったクリスマスの食事には、茹でカニ(?)などが並ぶことが多い。そして決まり文句のように「Merry Christmas!」と交わす。 「Merry Christmas!」って何だ?「クリスマスおめでとう!」なのか?クリスマスがイエス・キリストの誕生を祝う祭なのでそれが正解と思っていたら、先日ある外国の人に「I wish you a merry Christmas!」と告げられた。何と気の早い人だろうと思っていたが、直訳すると「私はあなたに陽気なクリスマスを祈ります!」だって。意味としては「ステキなクリスマスを!」ということになるのだろう。なので、クリスマスより前に使ってもぜんぜん不思議じゃないんだ。日本語の「良いお年を!」のようなものだな。
 というような話をしていたら、この頃年賀状の「A Happy New Year」から「A」が消えたという報告を受けた。交流のある年齢層の違いか、最近の私宛ての年賀状ではとんと目にしたことがない字面だ。意味もわからず使っていても、わからない同士なら何も問題はない。

RETINA (#117)

ファイル 144-1.jpg ドイツ「ナーゲル社」が買収されてから2年目の1934年、初代レチナ(Type117)が発売された。現在も市販されているパトローネ入り35mmフィルムを初めて採用したカメラだ。このモデルはオリジナルレチナあるいはファーストレチナなどと呼ばれType118とともにクラシックレチナとして人気が高い。
 外観は、軍幹部左右に巻き戻しノブ、巻き上げノブが特徴的な平板で大きく、仕上げは以降のモデルによくあるクロームメッキは施されず黒エナメル塗装のみである。
 使い方は、フィルムを装填しファインダー左のフィルムカウンターをリセット(0にする)し、1コマ分を巻き上げるとロックされるので撮影を行う。ファインダー右のフィルムリリースノブを回転させるとロックが解除されフィルムが巻き上げられるようになる。シャッターボタンは例のショートレリーズだ。セルフコッキングでないコンパーではシャッターダイヤルがBまたはTの状態でシャッターセットレバーを動かしてはならない。セットしないままシャッターのレリーズ操作をすれば動作する。フィルムを巻き戻すには、巻き上げノブの中央にあるリリースレバーを「A」から「R」に切り換えるとフィルムスプールがフリーになることを忘れない。なお、フロントドアーの開閉は他のモデル同様、ボディー底のボタンで開き、ヘリコイドを無限遠にセットしレンズボード上下のロック解除ボタンを押しながら閉めることができる。一連の操作は大判カメラを操るように多くの儀式が求められ、少しでも間違えようものなら必ずどこかを損傷するに違いない。
 レンズは、カラーバランスの良い、シュナイダー・クロイツナッハ・クスナーである。コントラストがやや低いといわれているが当時のモノクロではその辺りの描写はどうだったのだろうか。この個体には Schneider Kreuznach Xenar F3.5/5cm Compur T,B,1-1/300sec.が搭載されている。80年も経っていることを感じさせないくらい綺麗で、モノクロ写真撮影時の常用フィルターとして使われる黄フィルターが付いている。

燕山荘は素晴らしい

ファイル 142-1.jpg 燕岳の頂上稜線と表銀座の合戦尾根ピークにある燕山荘は素晴らしい。外観は山小屋らしからぬ瀟洒(しょうしゃ)な風貌で、訪れたことはないがヨーロッパのホテルみたいに思える。スパこそ無いが山ガール達が絶賛するのもうなずける。
 受付のスムースさ。遅鈍な私達を笑顔でお部屋まで案内をしてくれるスタッフ。丁寧な説明も嫌みがない。おまけに記念のしおりまで頂いた。
 6月頃や紅葉過ぎのこの時期なら収容人数に比して宿泊客が少ないのだろう。今回は、1区画(約3畳)に2名だったのですごく快適だ。カーテンでプライベートエリアが確保できるというのも何とも気持ちが良い。区画に振られている番号が6つあることから察するとおそらくハイシーズンにはここに5~6人寝るはずだ。他に飲み物の種類が豊富な喫茶室もあるし、火気厳禁ではあるが談話室もある。芳香剤も要らないほど臭気が気にならない紙も流せる水洗トイレは秀逸だ。あとは食事だが・・・。
 夕食はメインが(増量剤が入っているかのような)ハンバーグで、赤魚の煮物、シューマイ、サラダにヨーグルトか何かのデザート。大皿に筑前煮と漬け物があった。ご飯とお味噌汁はおかわり自由。十分すぎる量とメニューにもかかわらず、私は食欲がわかず切れの良い飲み物を2本も飲んでしまった。朝食は、塩鮭、ハム、スクランブルエッグ、漬け物、寒天デザート。ご飯とお味噌汁とふりかけはおかわり自由。期待はしていなかったが、あまりにも定番なのでおかわりはしなかった。贅沢は言わないが食べ物はし好の問題なので、好き嫌いが多い私がどうこう言うことはなんの意味もない。郊外の「家庭では作れないコックの味」だと謳うお店でも、嫌いな物は食べないだろう。イヤなら自分で作るしかない。
 飲用水にしてもトイレにしても、水の利用に厳しい制限はないので、どうなっているのか聞いてみると、かなり下の水源からポンプアップしているらしい。
 山小屋に求めるものを下界並みの設備とするか、選択できる食事か、サービスではなくホスピタリティかと問われれば、問題が難しくなってしまうので止める。

燕岳に登る

ファイル 141-1.jpg 3週間前の興奮(剱岳早月尾根)も未だ覚めないうちに、10月19~20日に燕岳(つばくろだけ 2,763m)へ行ってきた。台風の影響で決行日を決めかねていたことはさておいて、台風一過の快晴を思い描いていたのは大きな間違いだった。
 前夜出発で、登山口近くで仮眠をとることが最近のスタイルだ。無理をすれば私の体力でも日帰りは可能だが、せっかく4時間以上のドライブと高速料金を払って出向いて行くのに、全国泊まってみたい山小屋No.1といわれているあの燕山荘(えんざんそう)に泊まらないのはどうかしている。
 朝8:00に中房温泉を出発。今にも降り出しそうな空を見上げながら、樹林帯の急峻な尾根を登っていく。40~50分おきにベンチが置かれていたり、残りの距離が表示してあったり、登山道も綺麗に整備されている。12:00合戦小屋に着く頃にはガスに覆われいやな雰囲気になりつつも、14:30燕山荘までは持ちこたえた。前々日に降った雪は登攀を著しく妨げることはないにしても、注意が必要だ。アイゼンは要らない。ザックを小屋に預け、燕岳を往復する頃に薄陽が射し、暫しガスが途切れた。疲れ切った身体と憂鬱な雰囲気を一変してくれた。燕岳は、北アルプスの女王といわれ、花崗岩でできた独特の山体と、奇岩や巨石が多くの登山者を魅了している。
 翌20日は朝日どころか夜半からの雨でとうてい撮影はできない。カメラを厳重にしまい、スリップしないように慎重に下山したまでだ。
 それにしても1ヶ月以内に北アルプス三大急登を2つもやるなんて、腰痛持ちの私もまだまだ頑張れる。

イチゴの栽培

ファイル 140-1.jpg 10月も中旬になったので、イチゴの定植を行った。花芽分化もすすみ苗の本葉が6~7枚開いたのでもう良いだろう。親株のランナーから出た子苗をポットに仮植したのがお盆前。あれから欠かさず水をやり続けた。クラウンが隠れないように、それから果実が一方向にできるように植え付ける。露地に60本とプランターに30本のなんと計90本。
 イチゴ狩りには何度か行ったことがある。自分でこんなに育てられたらいいなぁなんて思っていたが、なかなか準備に取りかかれないでいた。そもそも家業は百姓だが、ガーデニングなんていうのは大の苦手。なにしろこちら側の"間"でことは進まない。種をまいても苗を植えても時間と管理が必要だ。時間といっても作業とか反応のことではなく時期である。
 自分でいうのも何だが、私は忍耐力はそこそこあると思う。でも、即結果につながらないのが歯がゆくて仕方がない。まさかデジカメの影響とは考え過ぎだろう。
来年5月には自宅でイチゴ狩りが楽しめる。来月には防寒対策を施さなくてはならない。

ヒザが笑った

 剱岳からの下山でメンバーの膝が笑った。当人は登山歴十年余りで年に2~3回といったところだろうか、決して健脚者ではない。さらに今まで長時間歩行の経験がなかった。
 CLとして当人の今までの行動を振り返ると、下山時に足音をたてていることがある。時々、バランスを崩し転びそうになったり、ズルッと滑って転んでしまうことがある。濡れた木の根っこや不安定な石に躊躇なく足を下ろすことが多い。普段の指導助言が行き届いていなかった上に、私の欲求を満たすために安易に誘ったことと、事前の調査が不十分であったことを反省をした。ファイル 139-1.jpg
 今回の山行では山の歩き方(下り方)の基本を守らず、長時間にわたり着地の際の衝撃を受け止め続け、膝や股関節の痛みにつながったと思われる。俗に言う「ヒザが笑う」現象だ。足の着地点についてはその都度注意を促してはいたものの、疲労と緊張の連続で実行できないでいたに違いない。幸いにも痛み自体はないとのこと一時的なものなので一晩寝れば治るだろうと思ったが、早月小屋から馬場島荘までの約4時間の下山が待っている。せめて荷重の負担を軽減することぐらいしかできない。
 次回予定している重太郎新道のことも考えて、予防策を提案したい。とは言っても、正しい歩き方をするに限るのだが、科学の力でなんとかならないものだろうか・・・?①ダブルストックを利用する。②サポートタイツを着用する。③ソックスの重ね履きやインソールを装着する。④膝用サポーターを着用する。⑤登山靴の足首を締め付けすぎない。⑥世田谷育ちのグルコサミンを摂取する。このうち①②は既に取り入れているが、特に①の効果的な使用方法を伝授する必要がある。③については衝撃吸収④は衝撃保護⑤は加減が微妙。いずれにしてもそれのみでは他の障害を引き起こす可能性が有る。やはり⑥か!?
 一般的に正しい山の下り方と言われていることは、重力に任せず、自分の力(筋肉)で下ること。膝を完全に延ばさずある程度曲げて下ること。小股で下ること。などがあり、「山は下りである」ともいわれている。

スキットル

ファイル 138-1.jpg 何事も一定のラインを超えるとそのスタイルにこだわりたがる。山行にアルコールが欠かせない私には、その携行手段に現れてきている。以前は無造作にウイスキーボトルをザックに突っ込んでマグカップでガブガブ飲んでいた。しかし、昼食時にほんの一口チャージするにはいかにも見て呉れが悪くいささか下品な光景だ。メンバーの指摘も受け、180ml程のポケット瓶を利用したこともあるが、銘柄が選べないことと幾分割高になってしまう。やはりスキットルに落ち着くのだろうか・・・。そもそもスキットルはアルコール濃度の高い蒸留酒を入れる携帯用の水筒なので、これに勝るものはないだろう。
 いろいろ思案して品定めを始めると、容量や材質によって手頃なものから比較的高価なものまでいろいろある。表面に凝った細工がしてあったり、おしゃれなケースに入っているものもある。銀やピューター(錫の合金)などの鎚目が施してあるものに食指が動く。しかし銀やピューターはやわらかいので、うっかり潰してしまうことが恐い。安価なステンレスは取り扱いでは問題ないが、独特の金属臭が気分を害する。やはりチタンか!?また少々高価な買い物をしてしまいそうだ。
(とりあえずステンレス製の7オンスと10オンスを使ってみよう。ケースは自作)

イコンタシックスII

ファイル 137-1.jpg 映画「ヒマラヤ 運命の山」でヒマラヤ山脈にある標高8,125mのナンガ・パルバートのルパール壁初登攀をなしとげたラインホルトとギュンターのメスナー兄弟が、頂上で使用したカメラ。ついでに手に入れた。
 この映画も事実に基づいて作られているので、年代は年表をひもとくと1970年6月だ。ところがこの距離計無しのツァイス・イコンIkonta521/16は、1938年発売なので少々時代が合わない。クラシックカメラ専科によると、「6×9cm判は、中枠を取り付けることにより6×4.5cm判16枚撮りでも撮影可能。セミイコンタがアマチュアに人気が高かったのに対し、イコンタはプロカメラマンが実用機として好んで購入、この状況は1970年後半まで続いた。」との記述があるが、このカメラは6×6cm判だ。まぁ映画なので細かいことは言わないでおこう。
 ちなみに映画の後半で、1978年にラインホルト・メスナーが単独でナンガ・パルバートに登頂したときに、使ったカメラは指当てに樹脂の付いた巻き上げレバーとセルフタイマーレバーの形状で1973年発売のキャノンNew FTbとわかる。Continued

Piccolette

ファイル 134-1.jpg とうとうこんなものまで手を出すようになってしまったかと言われそうだが、これにはれっきとした理由がある。言い訳と取ってもらっても構わない。
 映画やTVドラマで登場する車の年式や車種を見極めようとするのは、車好きなら至って普通のことだ。もしそれが時計であったり趣味の対象となるものであったりすれば、その道の人は必ず何かしら反応するはずだ。たとえそのような類いの趣味がなくても、自分が訪れたことのある土地や店舗がTV放映されていれば「ここ行ったことある~!」なんて発してしまうのではないだろうか。それでカメラ好きにはカメラが登場した場合は当然見入るわけで、まれに所有したいという思いに駆られるわけだ。以前のKodak Retina、Vest Pocket Kodak は理解いただけたと思う。
 今回は、孤高の人のモデルである加藤文太郎にちなんだカメラだ。登攀(歩行)速度が速く単独行がゆえに、しばしばその登頂に疑いを持たれたため、証拠を残すためのカメラだ。Continued

NIKON EM

ファイル 133-1.jpg 1982年、カナダ人初のエベレスト登頂を目指した登山隊の、実話に基づく映画『エベレスト 若きクライマーの挑戦』で同行のカメラマンが頂上付近および頂上での撮影に使われたカメラ。(本当にこの機種が使われたかは定かでない。)
 このカメラは、海外では1979年に発売されているので、時代考証もばっちりだ。F3と同時発売され「リトルニコン」というニックネームの小型プラボディー一眼。デザインはF3と同じジウジアーロで、シャッター軸上にレリーズボタンがある。女性ユーザーもターゲットに入れて小型化と操作の簡略化を重視して設計され、撮影モードは絞り優先AEのみ。エントリーモデルとして割り切った仕様だが、電池がなくなっても、1/90秒のみ機械式シャッターが使えるので、冬山でも使える。より薄型のパンケーキレンズとともに使いたい。姉妹機にはニコンFGとニコンFG-20がある。
 私自身はより堅牢なPENTAXを愛用していたので、こいつを持って山行に出た記憶はない。(写真はDVDをキャプチャーしました。)

Canon TLb

ファイル 132-1.jpg この機種は1974年9月、輸出市場向けに発売されたもので、後に日本国内でも発売された。ホットシューやセルフタイマーなど多くの機能を省略されたカメラであまり魅力のないカメラで、FTbの普及型廉価機種といえば聞こえはいいが、アメリカ向けにコストダウンを追究した残念な結果だ。シャッター速度も、最高速度が1/500秒とはこの時代ではあり得ない。
 Canon Fシリーズは、8機種ほど所有しているが、いたずらに収集しているわけではない。これもいつだったか山の映画で使っていたのを思い出して入手となった。当然安価な機種であるため状態は至って良くない。ありがちなスローが不安定でミラーが上がりっぱなしになることがあるといったお粗末な個体だ。そこそこ手を入れれば使用に耐えられるようにはなると思うが、なかなか時間が作れそうにもないので、しばらくは(ずっと)このままで置いておこう。

Vest Pocket Kodak model-B

ファイル 131-1.jpg ベスト判(4×6.5cm)のハンドカメラで、単玉レンズの古~い(1920年代)カメラが手に入った。もともとこの辺りのものは収集の対象にはしていなかったのだが、山のDVDを見たり本を読んだりするとやはり登場するカメラが気になってしまうのは少々病的だ。私は、今さらこれで写真を撮ろうなんて思ってはいないが、90年近くも前のカメラが、偶然私の前を通り過ぎようとしているのを黙って見過ごすことは、なにかいけないことのように思えて所有に至ったまでだ。(先のRetinaの件もそうだった。)
 このベストポケットコダック(VPK)は、あのエベレストに最初に登ったかもしれないジョージマロリーが持っていたカメラといわれているモデルBだ。VPKオリジナルモデルとは全く違うモデルである。(夢枕獏の小説「神々の山嶺」に出てくるモデルは、Autographic special となっていたが、まぁ小説なのでいいだろう。)
 VPKは、コンパクト化を目指したカメラであり、ベストのポケットに入るということからきているらしい。また、ベス単とか呼ばれてフードを外して撮ったりすると、F値は明るくなるが収差がひどいにもかかわらず、ファンタジックな描写が愛好家をうならせ、いまだに(?)人気があるようだ。(=ベスト版の127フィルムは現在入手困難なので、120サイズをカットして使うか、レンズ部分だけを一眼レフのボディーキャップなどにマウントして使用する。)

石橋を叩けば渡れない

 数年前、所属する組織から依頼がありとある機関誌に投稿したことがある。本来なら、とりくみの概要や成果を書くべきだろうが、そんな内容では読んでもらえないことはわかっていたので、ちょうど南極のドラマが放映されていたこともあり、タイトルのような題名でとりくみの理念を記した。また超慎重派に対しての排他的意味を込めたものだった。
 先日、同業者の研修に出かけた際にひとりの女性から呼び止められた。その方は既知の間柄ではあるが、近況を報告しあうような間柄でもない。社交辞令で空々しいあいさつでやり過ごそうと思ったところ、やや興奮気味で、「石橋を叩けば渡れない」にとても感銘を受けている。今も目に付くところに置いてある。というのだ。Continued

ARGUS C3

ファイル 129-1.jpg アーガスはアメリカのラジオ会社で、コダックとともにアメリカ人にとって非常にポピュラーなメーカーだ。特に1939~66年までの長期にわたり製造されたARGUS C3は、価格も安いので広く一般家庭に普及していた。
 外観は、さすがラジオメーカーと言わせるような無骨な四角いボディが印象的だが、どこかキュートな感じも受ける。見た目で、「Brick(レンガ)」という愛称で親しまれた。実際はシャッターチャージ用のレバーもあり、非常に持ちにくく吊り環が無いので携行には専用ケースが必要だ。中判くらいの大きさで重さも765gもある。
 製造台数がはんぱなく多いので、入手は比較的容易だが、大衆機故に程度の良い物はそう出ては来ない。ずっとほしかったのだが、先日ケース付きで新品同様のものが、我が家に訪れた。しかし悲しいことにシャッターが不調である。その内に修理をしなくてはならない。
 その他の仕様
  距離計:上下像合致式
  レンズ:Argus Coated Cinter 50mm f3.5~16
  ファインダー:逆ガリレイ式
  シャッタースピード:1/10~1/300秒
  セルフコッキング:無し
  フィルムカウンター:手動

Kodak Signet 35

ファイル 128-1.jpg 1951~58年に作られたアメリカ製35mmカメラ。非常にコンパクトだが、ボディーは少々肥満タイプだ。シャープネス、描写の豊かさでは定評があるコダック高級レンズのエクター44mm f3.5~22が搭載されている。シャッターはセルフコッキング無しで撮影と同時にシャッターリリースがロックされ二重写しを防止している。フィルム巻き上げと同時にこのロックは解除されるが、シャッターをセットしないとシャッターリリースはできない。KODAK SYNCHRO 300 B 25~300
 ボディはアルミ合金製で510gと以外と軽い。また、合成のシボ革張りで高級感も漂う反面、見た目がミッキーに似ていることでチープな一面も見せている。
 この個体は、レンズ番号がRC30XXXなのでコダックレンズ製造年の判別法により1951年製の初期のものということになる。

ステビアティー

ファイル 127-1.jpg 肥満が気になるので、再びダイエットに取り組んでいる。食事制限をしていると、甘いものが食べたくなったり、暑いときに微炭酸の飲料水はたまらない。しかしこの糖分が気になる。そうだステビアにしよう。砂糖の2~300倍の甘みがありながら4kcalという低カロリーのあのハーブだ。庭先で栽培することも考えたが、とりあえず乾燥ステビアを買った。
 ポットに一つまみほど入れ、熱湯を注ぎ3分間経ったら出来上がり。ちょっと草の香りがするが、適度なまろみがありガムシロップに近い。紅茶などとブレンドしていただいている。濃いめに煮出したものを料理に使うのもいいかもしれない。
 なお、古くから医療用として、糖尿病や高血圧の治療や健胃剤、二日酔い、精神的疲労に対する強壮剤として利用されている。肝炎への効果も期待されている。

Limoncello

ファイル 126-1.jpg イタリアへ家族旅行に出かけた同僚からお土産にレモンのお酒をもらった。南イタリアの伝統的リキュールのリモンチェッロだ。アルコール度数が30度で、甘く、地中海のレモンの芳香が嬉しい。リモンチェッロとは、レモンをアルコールに漬け込んだ果実酒で、元々は自家製造されていたらしいが、この地が観光地であったことで全国的にひろまり、近年ではイタリア中どこへ行ってもみかけるようになったらしい。ちょうど日本の梅酒の存在に似ている。
 飲み方は、食後酒として冷凍庫でキンキンに冷やしたものをリキュールグラス等で少量キュッと頂く。特に魚料理の後など生臭さをレモンの香と強いアルコールが一気にかき消してくれる。食後酒の習慣がない方や、ストレートが苦手な方は、白ワインで割ったり、炭酸で割ったりした方が飲みやすい。焼き菓子や料理の隠し味に入れてもさわやかなレモンの香りを味わえる。
 頂いたものはボトルが長靴のようなイタリアの形で、飲み終わってもインテリアとしても楽しめる。繊細な形のボトルは、中身より価値がありそうだ。

LEKI再生

ファイル 124-1.jpg お盆休みでスーパーマカルー・コルテック・アンチショックの中段がポキンと音を立てて折れてしまって、どうしようか思案していたとき、お買い得なストックを見つけた。一丁前にアンチショック機構もツアリングバスケットも付いている。この商品を仮にNEとしておこう。偶然シャフトの径も18-16-14mmとLEKIを同じだ。 早速購入し問題のシャフトを入れ替えたところ、若干NEの内径が小さい。どういうことかというと、おそらくLEKIに比べ、ひ弱な合金を使っているのか、強度を保つためだろうシャフトが肉厚になっているのだ。なので、ジョイントプラグで内側から締め付けるタイプの中段だけを交換することは中断の締め付けおよび下段の取付で少々問題がある。ならばいっそのこと下段も換えてしまおう。で、できあがったのが上からLEKI-NE-NEの妙なストックになった。変になったついでに、120cm以上は使用しないことと収納時の長さを押さえるために15cm程カットした。ちょうどいい具合に減量もできた。肝心のロックは、念のため中段をLEKIのSRSに交換した。下段はもともとのNE同士なので申し分ない。当然、フレックスチップはLEKIを装填した。

y[Wړ