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タルチョを飾ろう

ファイル 123-1.jpg 某テレビ番組で人気女性タレントがテントにカラフルな小旗を飾っていた。タルチョだ。タルチョはチベットの五色の祈祷旗で、寺院や峠、橋などに掲げてある五色の旗。色は青・白・赤・緑・黄の順に、それぞれが天・風・火・水・地を表現するらしい。経文か何かが印刷されていて、風になびくとお経を読んだこととなる。エベレストのベースキャンプ辺りでもよく掲げてある。
 チベットについて、漠然としか理解していないので、まずは実物を手に入れてみた。隣人に知られたくないので、とりあえずは1セットを部屋に揚げた。硫黄岳山荘のタルチョ祭りには行きたくないが、ほんの少しチベットの雰囲気が味わえたかな・・・。

STAEDTLER

ファイル 122-1.jpg 私の仕事では意外と鉛筆を使うシーンが多い。気がつくと短くなった鉛筆たちがトレイに何本もたまる。まだ使えるのに捨ててしまうのは忍びない、ペンシルホルダーを使ってみよう。
 STAEDTLER 900 25を買った。この鉛筆補助具は今さら説明することもないが、小学生の頃に使っていた物に比べるとかなり高級感がある。落ち着いたシルバー色と、限定色のナイトブルー。使用時のバランスとある程度の重量があり、二次メッキ加工のロゴがプリントされている。最大の欠点は、鉛筆削りが必要なことだ。今回は、DUXの4322N VARIABELシャープナーを揃えた。真鍮製で芯の長さを3段階に調節できるタイプだ。

LEKIが折れた

ファイル 125-1.jpg 西天狗岳からの下山途中、第2展望台を過ぎたあたりで、45~50cm位の段差を降りようとしたとき、両方のストックを突き体重をかけたところ、愛用のLEKIスーパーマカルー・コルテック・アンチショックの左側中段シャフトが「ポキン」と大きな音を立てて折れてしまった。下段を曲げてしまうことはありがちだが、中段のそれもちょうど真ん中あたりを折ってしまうとは・・・。物質構造科学や金属工学には詳しくないが、おそらくアルミ合金の経年劣化が原因だと思う。なにせ、1994年頃製の旧型なので20年近く経っている。下段は両方とも10年くらい前に交換しているが、自転車のフレームならとっくに寿命がきている頃だろう。
 これを機に買い替えようといくつかの製品を候補に挙げたが、Black Diamond トレイルショックやLEKI AGサーモライト AS等々。近くに実物を手にできるショップがないので、安易に決めることはできない。しばらくは代用品でしのぐしかない。

天狗岳登山(上)

ファイル 119-1.jpg 8月3~4日に昨年晩秋に出かけた天狗岳にまた登ってきた。山行日程は1日だけど、せっかくなのでこれまた昨年泊まった唐沢鉱泉に1泊した。北陸では未だ梅雨明けが報じられていない頃で、いくぶん天候に不安はあったものの、しょせん日曜登山家だから日程は変えられない。もし雨でもおニューの赤いレインウェアが着られるかも・・・。
 前夜21時過ぎに家を出発して、諏訪SAに着いたのは深夜1時を少しまわった頃だった。ここで仮眠をとり6時少し前に再出発。途中コンビニで朝食と昼食の材料を買い、7時には唐沢鉱泉に着いていた。心配だった駐車場は案の定満杯で、途中の路肩にも列ができていた。夜中に到着していても状況は違ったかもしれないが、この期に及んで後悔しても始まらない。なんとか宿に一番近い場所の薪置き場脇がちょうど1台分のスペースがあった。かなり気が引けたが、同行のメンバーに促され駐めた。季節的に薪を運び出すことはないだろうということと、掛けてあったシートに若干のホコリや枯れ葉が積もっていたので駐車を決断した。ここの駐車場にはラインもなければ指標もない。みんなが少しずつ詰めていたら、まだ3~4台は駐められそうなのに、微妙な間隔だ。Continued

天狗岳登山(下)

ファイル 120-1.jpg 東天狗岳頂上直下はさすがに天狗と言われるだけありグンと斜度が増している。天狗岩と呼ばれる岩塔が天狗の鼻に見立てられているらしい。食料とカメラと最小限の緊急対策用品しか担いでいないのに、普段のトレーニング不足で思うようにペースを維持できない。途中で下山する40名ほどの学生に癒やされたり、後から迫る中高年のご婦人グループを振り切りながら、標準的なコースタイムどおりの4時間30分程で登頂できた。ちょうど12時だ。
 山頂の南側でかなり平らな石がテーブルに好都合な場所で食を摂り、温かい飲み物を飲みながら、しばらく周りの人たちを観察していた。根石岳(2,603m)を往復することも考えたが、即決で却下された私たちには下山するには充分な時間と、下りてから車を運転することなく直ぐに宿に入ることができる安心感がそうさせたのだろう。早く山頂標識で記念写真を撮ろうと仲間を急かす神経質そうな初老の男性や、同じグループのメンバーに背を向けるようにして、弁当を掻き込む寡黙な老紳士。山ガールの様相を微塵も感じさせない屈強なアラフォー女性等々。実におもしろい。あえてそれらの方と会話を交わすことはしないし、好んで友好を求めることもしない。Continued

シボ革でクラフト

ファイル 118-1.jpg カメラストラップに端を発し、レザークラフトを嗜んできた。幸か不幸かこの手の作業は私には性分が合っているようだ。まぁその筋の人たちには素人に毛の生えた程度としか思われないかも知れないが、とうてい使えそうもないカービングの入ったバックを作るよりは、日常で便利なグッズを製作している。とは言っても、なかなか昨年末から時間がとれないでいたのでとんとご無沙汰だ。(このBoardもおろそかになっていた。)
 ごく初期にコインパースを作ったが、どう見ても野暮ったい。レジで出すのが少々恥ずかしい。納得できないままでいるより作り直そう。手持ちの材料に、オイリーなシュリンクレザーがあったので、おそろいのタバコケースと一緒に作り直した。型紙っぽいものを作って裁断→手縫い→コバ仕上げまで2時間強。
 シュリンクレザーとは、なめし加工の途中に特殊な薬品を使うことで、銀面(表面)が縮み、もみ革よりもさらに、シボが強調された独自の風合いが特徴の革。'70年代以前のカメラのボディーには必ずといっていいほどこのシボ革(を模したもの)が張ってあった。
 何事も現状で我慢することも一つの選択で、とどまることも必要なときがある。しかし機が熟したときは、一気に事を成し遂げるべきである。

RETINA Ⅰ #141

ファイル 117-1.jpg Retinaの5代目モデルで、このタイプからボディーシャッターとなった。 また分類ではRETINAⅠとなる。(1937年10月発売)
 外観の仕上げは、感じの良いシボ加工が施されたクロームメッキ仕上げで、フロントドアーがブラックエナメル塗装。軍艦部左側には#126同様のカバーが付いていて、フィルムカウンタが付いている。シャッターボタンはこのフィルムカウンタの内周部の1時の位置から飛び出ている独特なスタイルだ。正面から見た目には違和感はないものの、撮影者側から見るとデザイン的にマイナスのイメージを受けるのは私だけだろうか。
今回入手した個体には、Kodak-Anastigmat Ektar f:3.5 5cmのレンズ、Compur Rapidのシャッターが付いている。

射水で紅カニ

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 休日を利用してのんびりカニでも食べようと思うと、この時期は紅カニだ。近場でもそれなりに食することはできそうだが、雰囲気のいい富山県射水市へ出かけた。高々1,000~2,000円程のものを高速料金と燃料代を払って食べる価値があるかといえば難しい判断だ。ただ言えることは、非日常の気分に浸れることだけは間違いない。
 時間を持て余したので、海王丸パークから出港している「新湊観光船」に乗船った。乗り物では船好きの私は、この機会を逃す手はない。新湊市内を流れる内川を約50分間で周遊するコースで、12橋巡りのルートだ。そうは言ってもずっとキャビンに座っているのは退屈すぎる。海が近付く頃、多くのカモメなどの海鳥が飛びまわり、船に追随してきた。そうか!エサをくれると思っているんだな。観光船ではありがちな「かっぱえびせん」はしっかり船内で販売している。少年たちがするように私もエサを投げあげた。
 おおよそカモメかウミネコであることはわかっても、どれが何かと聞かれると少々自信がない。ミャーミャーという鳴き声ではないので○○カモメだな。後部デッキに出ているにもかかわらず馴れ馴れしく屋根で休んでいるのは、幼鳥か・・・。(写真右)

ストーブメンテナンス

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 次の山行に備えて愛用のストーブ(MSRドラゴンフライ)のメンテナンスをおこなった。本体は1998年に購入で14年を経過しているが、今までトラブルは一度もない。すばらしいストーブだ。ポンプユニットは2007年2月に新型に交換したが、定期的なメンテナンスが必要であることはいうまでもない。
 今回はメンテナンスといっても、ポンプユニットとコントロールバルブのOリングの状態をチェックしたに過ぎない。燃焼テストのついでにご飯を炊いた。別にお湯を沸かすとか、ただ火をつけるだけでも良かったのだが、技術の方もメンテナンスした次第だ。ちなみにコッヘルの上に乗っている石は、高所使用でのプレッシャーを想定したものだ。フィスラーとはいわないが圧力鍋だ!
※炊飯テクニックを更新しました。
http://sanmine.jp/sanmine/member/kome.htm

minolta SR-2

ファイル 114-1.jpg SR-2は1958年1月 ミノルタ初の一眼レフカメラ。当時、最先端の一眼レフカメラであった。次のフィルムを巻き上げないと開放にならない半自動絞りは、クイックリターンミラーなので撮影後ファインダーがブラックアウトすることはないが、絞られたままなのでいくぶん暗かったりもする。露出計なし。ストロボ接点もないが、シャッター速度はBと1秒~1/1000秒、セルフタイマーも付いている。なつかしいLV(ライトバリュー)の指標が時代を偲ばせる。
 LVとは、露光計算上での明るさを表す単位で、ある絞り値とシャッター速度の組み合わせの露光される量を表している。 絞りとシャッター速度の組み合わせが変わっても露光量が同じならLVは同じだということ。
 Canonカメラの絞り優先の表示「AV」はアパーチャーバリューの略で開口量のこと。アダルト~ではない!

 悲しいことに翌年 NIKON F が発売され、あまり注目されなかった。(と思う!?)

カメラストラップ

ファイル 113-1.jpg カメラストラップを作ろうと思い立って早1年半。いろいろ試行錯誤を繰り返しながらも、普段の煩わしい仕事のせい(都合のいい言い訳?)でなかなか製作に踏み切れなかった。材料の革や金具は十分ある。おおよその寸法や接合部分の仕組みも簡単ではあるが型紙も得意のイラストも数タイプを用意してあるというのに。
 とりあえず試作品を作ってみた。革の長さは市販のものを参考に少し長めの70cmにしたが、85~95cmでもいいだろう。表面にカシメの頭を出さないようにした方がスッキリするかも・・・。
 せっかくの3連休なので、早月小屋も明日には今年の営業を終えるようなので、剱岳あたりへでも登ってみようかと思っていたのに・・・。

minolta SR-1の続き

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左 new SR-1          右 SR-1s

 ニューSR-1(1965年)は、基本機能はそのままに小型化されミラーアップ機能も追加された。さらにminoltaのロゴは小型化のため今までのそれと違いペンタ部分に移された。
 SR-1s(1967年)は、ニューSR-1に1/1000秒のシャッターを取り付けたSR-1シリーズの最終型。
 今更ながら、収集を重ねるうちにminoltaにのめり込んでいる自分が居る。

minolta SR-1のディープな世界

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左上 SR-1(Ⅰ型)    右上 SR-1(Ⅱ型) 
左下 SR-1(Ⅲ型)    右下 SR-1(Ⅳ型) 

 今どき機械式マニュアルカメラを使っている人は、余程の変わり者か信者に違いない。使い捨てカメラを探すのも苦労する時代だ。また、中古市場では銀塩カメラが冷遇されている現状がある。EOS-1NとかNikon F6 なんか当時30万円オーバーのフラッグシップモデルが数万円で買えたりもする。
 SR-1はミノルタの普及廉価タイプの一眼レフカメラである。幾度となく改良が加えられたがSR-1の名をそのまま使ったため、外観および動作が異なるバージョンが多数存在する。マニアの間では大きく分けてⅠ~Ⅳ型とニューSR-1およびSR-1sに分けられる。
 Ⅰ型(1959年)はSR-2の廉価モデルとしてシャッター速度がBと1秒~1/500秒まででクイックリターンミラー・半自動絞りを備えている。シャッターダイヤルは一軸不回転式だが、ダイヤルは持ち上げ式で不等間隔だ。もちろん露出計はない。
 Ⅱ型(1960年)は、シャッターダイヤルが等間隔クリック式になり内部機構も一新されている。
 Ⅲ型(1961年)は、完全自動絞りになりシャッター速度連動式露出計のソケットが右側に設けられた。(ロゴ刻印は左側に移動し、後に黒色になる。)
 Ⅳ型(1963年)は、外形が少し角ばったものに変化している。

Canon EF28-300mm F3.5-5.6L IS USM

ファイル 111-1.jpg 私は、電車も飛行機も野鳥も撮らないが、28-300mm のズームレンズを買ってしまった。風景写真、殊に山岳写真では広角系を使い倒している私にとって、この高倍率ズームは必要だろうか?
 そもそも購入することになった経緯は、スポーツイベントの撮影に備えて望遠レンズをいろいろ物色していたところ、「在庫あります」のポップが目に入り深く考えずに買ってしまった、と至って単純だ。既に所有の望遠系としては、EF100-300mm F4.5-5.6 USM とレンズメーカーの 400mm F5.6 の2本があったが、どれも銀塩時代の遺物と化している。使えないことはないが、ルックスが悪い。まさかEF28-135mm F3.5-5.6 IS USM だけで済ませるには申し訳ない。それに、28mmまでカバーしていることを考えると、ちょっと出かけるときなどいろいろなシチュエーションで使用できると思ったからだ。
 しかし、現物を手にしてその重量に困惑してしまった。レンズ単体では1,670g(カタログデータ)だが、バッテリーグリップBG-E6 付のEOS 5D Mark II に装着すると優に3kg を越える。おまけに直進式ズームなので、望遠側で撮っている様はかなり目立つ。ようやく出番となったが、気合いを入れて振り回さないと腱鞘炎になりそうだ。

minolta SR-1

ファイル 109-1.jpg SR-1はミノルタ(当時千代田光学)の1眼レフとして1959年より発売され、マイナーチェンジを繰り返しながら長らくミノルタ1眼レフの普及機として存在し続けたカメラ。スペック的には、露出計もなくシャッター速度も1/500秒までと至って普通でシンプルだ。前面の「SR-1」の刻印には緑色のカラーが愛くるしい。
 この個体は、半自動絞りで、シャッター速度ダイヤルがクリック回転・等間隔となっているのでⅡ型(1960-61)と思われる。私と同い年だ。

黒部の太陽

ファイル 108-1.jpg 『黒部の太陽』がノーカットで44年ぶりに全国で上映されている。「裕次郎の夢~全国縦断チャリティ」プレミア上映会と銘打っての興行だ。今年が石原裕次郎没後25年にあたることから、特別に企画されたもので、その売り上げは、東日本大震災復興支援を目的として被災者へ義援金として寄付されるらしい。
 知らせを聞いて予定を見たら地元で上映される日はあいにく仕事が入っていたので、わざわざ県外まで出かけて見てきた。石原裕次郎の熱狂的なファンではないが、09年のテレビドラマ(香取慎吾主演)を見てからずっと気になっていたし、「幻の映画」なんて書かれた日には、いてもたっても居られなかったから。
 予想していたとおり、観客の多くは中高年で、出演者と同年代の方も多い。ちらほら見える若者は、きっと関電関係の動員か何かと想像できる。
ファイル 108-2.jpg かんじんの映画はトンネル掘削シーンや大規模な出水事故の場面などは迫力があったが、ストーリーとしてはテレビドラマの方に分がある。タイトルの「黒部の太陽」を意識させるシナリオが弱い。トンネルが貫通した先に見えるものとか、目標を表しているのだと思うが、長野県側から見たのでは、西日か夕陽だ。悲しみを連想する。
 石原裕次郎の意向で、長年ソフト化されていなかったが、来年2013年に初のDVD化が決まっているとも伝えられた。
 全席自由のため食事も摂らずに会場入りしたが、少し残念な気持ちと待ち時間30分+上映時間3時間15分+途中休憩15分の計4時間分の記念に映画ポスターをデザインしたどう考えても使えそうにないクリアファイルと団扇をもらった。

blast (ブラスト!)

ファイル 107-1.jpg 大阪で「blast(ブラスト!)」を見た。何年か前にも来日しているが、見ることができなかったので、120分間をかなり気合いを入れて観た。
 ドラム・コーをショーアップしたエンターテインメント。「ブラス」「ドラム」「ダンス」の3つのパートで構成され、すばらしい演奏と演技を見せてくれた。
 全編を通して、テーマになっているのか、「ボレロ」の静かな演奏はしっくりこなかったが、ドラムの激しいリズムに心躍らされた。とりわけ、石川直(いしかわなおき)のすばらしいテクニックに魅了され、正確なバズロールなどのルーディメンツに圧倒された。圧巻は一見お祭りのお面屋のようにシンバルやタムが配されたラックに10人が一糸乱れぬBattery Battleに感動した。ピットのマリンバやティンパニーなどの打楽器群にも目を見張るものがあったが、演出のためシールドされる場面が多かった。トランペットやコルネット、ユーフォニウムなどのブラスセッションの時間が思いの外少なかったのにも少しがっかりした。
 休憩時間帯にのんびり喫煙ルームでくつろいでいたら、ロビーからの歓声に何事かと覗いてみると、インターミッションが行われていた。事前に知らされていなかったので悔しい思いをした人は多いだろう。そのうちドラムラインでも見に行こう!

minolta XG-E

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 キヤノンAE-1に対抗するためミノルタXDの普及版の位置づけで発売された絞り優先AE機である。しかし、同機に採用された縦走メタルシャッターやアキュートマットは用いられず、SRシリーズ以来の布幕横走シャッターを採用した全く別系統だ。ユニット工法の採用で低価格化と堅牢性の向上に成功している。シャッターボタンはタッチセンサーになっており、触れただけでカメラが測光を始める仕組みとなっている。1977年(昭和52年)発売
 このカメラは、レストア練習用に求めたジャンク品だ。

MINOLTA X-7 BLACK

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 ミノルタXシリーズの普及型かつシンプルな入門機。
 シャッターダイヤルやメインスイッチの構造をみると、XGの廉価版だと考えられます。ペンタカバーのデザインはスマートで飽きのこないデザインになっています。単にX-7のシルバーバージョンの色違いではなくアクショングリップを備え、ファインダーのスクリーンをより明るいアキュートマットに変更した機種である。機能的にはXGシリーズからマニュアル機能を除いたオート専用機です。
 宮崎美子のCMで大ヒットしたシルバーのモデルはすでに所有していたが、ロゴ違いの個体があることに最近気づき収集に加えることにした。

20年ぶりの唐松岳

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  唐松岳頂上山荘付近から見る唐松岳  第3ケルンから見る八方池
  キヌガサソウ            丸山直下の雪渓
Continued

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