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時計の電池交換

ファイル 103-1.jpg 10数年以上前に買ったCASIOのPRO TREK PRT-411の電池が切れて何年経っただろうか。トリプルセンサーのチタンモデルだ。方位・気圧・気温のセンサーがベゼルの両側に張り出しているメカニカルなモデルだ。買ってしばらくは山行には必ず携行し、休憩時やピークポイントで表示を確認しながら、楽しんでいた。
 購入してから1年ほどして一度電池が切れたときに、市内の時計店で電池交換をお願いしたところ、1週間以上の期間と4,000円位の料金がかかった。早朝の撮影時にバックライトを多用するためだろうか、交換後も1年を経過することなく再び電池切れとなった。なかなか燃費(?)の悪い時計だ。交換に出すのが面倒なことと他に気に入った時計があったのでお蔵入りになってしまった。近々出かける山行の打ち合わせをしていた折に、高度計付の腕時計(スント)の話題が出たので、久しぶりに使ってみようと電池交換を試みた。
ファイル 103-2.jpg 使用している電池はボタン型のSR927Wが2個。近くの電気店では見かけないが、幸い○ーマホームセンターに1個598円でSR927SWがあったのでとりあえず購入した。裏蓋は+ドライバーで外すことができ、スペーサーや電池を押さえてある金具はピンセットで外した。いたって簡単な作業だ。通常の腕時計なら、専用の工具が必要だが、大判カメラ用のレンズ締め付け工具が使えるけれど、今回は出番がなかった。今回の腕時計はデジタルなので、AC端子とバッテリーの+側のショートによるリセット作業が必要だ。無事に金具・裏蓋を元通り納めると、'95/1/1 0:00 を表示した。後は、アジャスターで時刻を合わせれば作業終了。ただし、防水機能は格段に落ちるので問題だ。
 来週にもこいつを白馬あたりへ連れて行こう。

RETINA(#118) Tessar

ファイル 102-1.jpg 「世界の最高峰に立ったカメラ コダックレチナ118型」Edomund Hillary卿が、エヴェレストに初登頂したときに使ったカメラが、このRetina type118 (Carl Zeiss Tessar 付)であった。(ひょっとしてこいつは同じラインに並んでいたかも知れない!?)
 type118 は、1935年に作られた二代目レチナである。オリジナルレチナの改良機であり、軍艦部の巻き上げロック解除ノブが、ファィンダー接眼部下のレバーになった点が最も大きな変更点だ。その他の部分に関しては、type117 とほぼ同じであり、軍艦部は特徴的な大きな円盤状の巻上げノブ・巻き戻しノブが配され、両タイプだけが持つクラシックレチナを印象づける美しいモデルである。生産量が少なかったとはいえ、歴史的瞬間の記録に使用されたことから、カメラ史上にその名を残すことになった。
 それにしてもヒラリーの初登頂が1953年5月29日で、製造後18年も経っていたのにこいつを持って行ったということは、単に軽量、コンパクトということだけではなく、かなりの信頼を持っていたに違いない。凄いぞ type118!(もしかして資金不足?)
 ちなみにチベット好きの私は、エヴェレストのことを「チョモランマ」と呼ぶ・・・。

インカ帝国展

ファイル 101-1.jpg これまたついでに謎の空中都市マチュピチュ発見100年の「インカ帝国展」を覗いてきた。もちろんこちらがついでの主たる目的だったのだが・・・。日本のマチュピチュ竹田城趾へは簡単に出かけられるが、本家にはおいそれとは近づけない。写真や映像では今少し空気感が伝わってこない。やはりせめて「インカ帝国展」へ出かけるべきだ。そう思ってやっと今回訪れることができた。会期も終盤で土曜日ということもあり、入梅直後の雨にもかかわらず多くの見学者があった。それでも20分位で入場することができた。
 目当ては目玉展示のひとつである結縄文字「キープ」。インカの人々は、紐の結び目で数や文字を記録し、税の管理や人口の管理といった様々な情報をこの「キープ」に残したそうだ。現代の情報伝達のスピードには及ばないものの、インカ道(道路網)とチャスキ(飛脚?)とこのキープで巨大な帝国を統治していたと思うと感嘆してしまう。
 500円で借りた音声ガイドでは、考古学と人類学それに歴史学の視点から解説がされ、展示物の一つ一つを確認していると時間が経つのを忘れそうになった。今後全国を巡回するようなので近くへ来たならまた見てみたい。

ガンダムに会った

ファイル 100-1.jpg 仕事で東京に出かけたついでにガンダムを見てきた。私はいわゆるガンダム世代より少し上で、特別にガンダムやそれらにまつわるものには何の興味もない。わざわざ電車を乗り継いで出かけたわけは、この4月にオープンしたばかりのダイバーシティーを偵察するために出かけたついでに見てきたというわけ。詳細な状況を見聞きしてきたわけではなく、ダイバーシティ南側のフェスティバル広場にそびえ立つ、実物大と称される高さ18mの巨大ガンダムと対面したまでだ。
 本屋のダイバーシティー東京は巨大ショッピングセンターで人気のブランドや海外ブランドなど150以上の店舗が出店している。道路を挟んでアクアシティーがあるのに、大変だ。連れて行った(正確には連れられて行った)若い子は、国内2店目の「アメリカンイーグル アウトフィッターズ」がお目当てらしく何点かの衣類を買い求めていた。

今時AE-1

ファイル 99-1.jpg 今朝、地区の役員さんに所用があって訪れたとき、「もしよかったらもらってくれないか」と黒い物体をぶら下げてきた。一見して「あっカメラだ!」と気がついた。ロゴを確認するまでもなくCanon AE-1 であることはすかさず見抜いていた。AE-1は既に白黒あわせて3台を所有していたので、正直もう要らない機種である。しかし、簡単ないきさつを聞いてしまった以上断れない雰囲気になってしまったので、丁重に戴くことにした。一見、大事に使われていたようだが、長く環境のよくないところに保管(置きっぱなし?)してあったのであろう、相当のホコリが付着していた。おまけに「動かない」とも告げられた。
 自宅に帰り、他にしなければいけないこともあったのだが、少しの時間で、クリーニングと各所の点検を行ってみた。さすがにレンズ内の曇りはどうしようもないものの、見違えるようにきれいになり、故障しているはずのシャッターも初期型の快いレリーズ音と共に全速切れた。内部はそこそこきれいで、モルトの交換は必要だけどその気になれば十分使用に耐えるものだ。
 AE-1は、私が高校生くらいの時には、AE機能の一眼と安価(50mmf1.4付81,000円)が魅力で、爆発的に売れたらしい。しかしそれから35年以上も経ち、今ではその価値もない。中古相場でも後期型が2,000程度で売買されている。
 私のカメラ収集も地域に認知されているらしい。何かお返しをしなくては・・・。

岡山で新発見

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 4月28~29日に岡山県南部へ出かけた。前日入りしたので児島あたりと下津井港も散策した。
 定番の美観地区やジーンズ工房はともかく、圧巻は旧野﨑家住宅だ。「日本の塩田王」と呼ばれた野﨑武左衛門の旧住宅である。建築技術は1830年当時の粋と贅をつくしたもので、敷地面積約3,000坪に、母屋や茶屋、土蔵群など建坪約1,000坪には驚いた。土蔵内は一部が展示館になっていて、塩業の歴史や資料が見て取れる。いろいろな塩の展示の中にポーランド産の1トンは超えるであろう巨大な岩塩があったことで、岩塩好きの私は一気に興味が増してきた。

偽レチナ物語

ファイル 96-1.jpg 数々のRetinaを世に送り出したのはAugust Nagelが創業したDr. August Nagel Kamerawerkであるが、正式かつ詳細なヒストリーは他のサイトで確認いただきたい。ここで記述することは至って私個人の憶測と希望的ヒストリーである。偽である。
 彼は、幼少の頃から内向的でありながら好奇心が旺盛で、機械仕掛けの工作物に興味を抱いていた。殊に居間にあった時計をいつまでもじっと眺めていたり、また、それでいて風景や建造物の絵画を描くことも好きであった。
 ある日、その時計が故障したのか止まっていることを嘆いていた母を見て、彼はこっそり修理を試みる。それほどの道具や知識があったわけではないが、鋭い観察力と独自の工夫でごく短時間で直してしまった。
 中学校に入ると、理科に異常に目覚め、屋外で遊ぶ同級生を相手にもせず、一人で妄想にふけっていた。特に物理的分野では、身の回りに起きる現象を、納得がいくまで観察し続けたこともあった。
 学校を卒業すると、家計を助けるために小さな町工場に就職した。そこで彼は初めてカメラを手にした。もちろん撮影をすることよりもそのメカニズムやカメラそのものが持つ美術工芸品としての価値にかき立てられていった。Continued

RETINA (#119)

ファイル 97-1.jpg ついでにRetina type 119を手に入れた。外観の特徴は、軍艦部の巻き戻し部分が革張りになっていて、ファインダーから向かって左側はブラックエナメル焼付塗装である。また、ディスプレースタンドはややゴールドがかりレトロ観があふれている。入手した個体のレンズはレチナのスタンダードともいえるSchneider Retina-Xenar f:3.5 F=5cm シャッターはCompur。1936~38年に製造され、type126との違いは、ブラックペイントを除くとほとんど同じであるといって良いだろう。フロントドアーや枚数指示ポイントに若干のロット差が見られるようだが、機能や操作性は全く同じである。

RETINA (#126)

ファイル 94-1.jpg とうとうRETINA type 126が我が家にやってきた。外観の特徴は、ボディと金属部分は、クロームメッキでフロントドアーは、ブラックエナメル仕上げである。実は後の機種を先に収集してしまったので、あまり変わりがないように思うが、実はレチナの最初のクロームモデルだ。当然軍艦部にはレリーズボタンは無く、非常にすっきりしている。
 この個体には定評のあるレンズKodak-Anastigmat Ektar f:3.5 F=5cm が付いている。またシャッターはCompur-Rapid、愛くるしいディスプレースタンドが付いている。
 思い立って3ヶ月あまりで目的のtype126を手にすることができたのは非常にラッキーである。そもそもこのタイプが1936~37年にかけて40,000台ほど生産されていたことと、ネットの情報に感謝する。しかし残念ながら、例のショートレリーズが欠落している。

RETINA Ⅰ(#013)

ファイル 93-1.jpg また、横道へそれてtype 013を所有することになってしまった。得てして目的にまっすぐ進むより、遠回りした方が結果無難に目的に到達することがある。希望のものが頂点とすると、その座を確固たるものとするためにも、底辺や周辺を固めるのは、至って常套である。それは、人間関係でもカメラでも通ずるところがあるのではないか。そうとでも思わない限りこの病気とは付き合っていられない。
 この Retina I type 013 の特徴は、それまでのtype 010 のような段違い軍艦部が巻き戻しノブまで伸びてフラットな形状となったことと、Continued

Canon PELLIX QL

ファイル 92-1.jpg  一般的な一眼レフカメラは、レンズから入った光をミラーでファインダーに届ける。撮影の時はシャッターを押した瞬時にミラーを跳ね上げシャッターを開き、フィルムを感光させるしくみだ。一眼レフの欠点ともいえる、このレリ-ズの瞬間がファインダーへの光は遮断されブラックアウトになる。つまり、シャッターを開いている間、像が全く確認できないのだ。花火や早朝夜間など長時間露出をする場合は特に不便なことがある。この欠点を改善するために、キャノンはこの Pellix を発売した。
 このカメラにはペリクルミラーという半透明のミラーが装備されていて、常にファインダーとフィルム室へと光を分けている。このことによりミラーアップが不要で、常に像が見えている。おまけにミラーショックが無く、TTLをフィルム前に組み込めるというメリットもあった。逆に、ファインダーは1/3ほど暗くなってしまったし、フィルムに届く光は2/3なので、レンズは1絞り分ほど暗くなってしまう。ボディは FXやFTb と同一。ペリクルミラーは、この後、Canon ニューF-1ハイスピードモータードライブカメラ、EOS-RT、EOS-1N RS に受け継がれ、現在はSONYのαシリーズで採用されている。
 なぜ今頃Pellixなのかと言えば、先のRETINAがいろいろ世界初を持っていることに再発見をし、手持ちのカメラで何か世界初はないか捜していたら、このカメラを見つけたと言うだけで深い意味はない。

RETINA Ⅰ(#148)

ファイル 91-1.jpg RETUNA type010を入手してまもなく、その外観が酷似しているtype148が気になるのは当然の成り行きである。発作が出てどうしようもないとき、偶然仕事で東京へ出かけたときGETしてしまった。
 type010との違いは、シリアルナンバーの末尾に[K.]がつく。フィルムカウンター指針が3時の位置にある。無限位置のヘリコイドノブの位置が4時の位置にある。上カバーの取り付けビスの一つがレリーズボタンに異様に近い。等々である。いくつかのバージョン違いでさらなる相違点はあるが、一見して大きな差があるのは、以上の4カ所ぐらいだろうか。近々相違点を調べ画像でお知らせしたい。
 今回入手した個体は、Continued

RETINA Ⅰ(#010)

ファイル 90-1.jpg ひょんなことからレチナが気になるようになってきたことは、既述のとおりである。この期におよんで、どうして使いもしないコンパクトカメラなんかを欲しがるのだと言われそうだが、そのコンパクトさと質感の高さがたまらなく欲をかき立てられる。レンズや各パーツのバリエーションが多いのもマニアの心をつかんで離さない。しかし60年以上も前の物を手に入れることはそう容易ではない。中古カメラ店を物色するも交通費と時間を費やしながら、手頃な値段でそうそうコレクションに加えたいような個体は見つからない。ネットオークションでは程度が知れている。ましてや期待以上のサビ、擦れ、レンズのくすみは覚悟のしなければならない。
 今回入手したレチナは、Ⅰ型で数えて11代目にあたる1948年頃製のⅠ型type010で、レンズはローデンシュトックのイザールf3.5/5cmがマウントしてあるもの。特徴的な外観では、Continued

RETINA Ⅰa (#015)

ファイル 89-1.jpg 最近なかなかほしいと思うカメラが現れない。というより、手頃なものは既に手元にあると言った方が正しいか。60年代機械式一眼からコレクションの幅を広げる気はないが、先日来のテンションでRETINAをゲットしてしまった。
 最初はいろいろ調べたtype126かそれ以前のものがいいと思ったが、なかなか収集に堪える個体が見つからない。3月に東京へ行くついでに久々にショップめぐりでもしようか、週末に大阪へでも出かけてみようかなどと悩んだあげく、とりあえずなんかほしいと思っていたところ、運良くネット通販で良上品に巡り会うことができ、早速購入した。
 今回入手した個体を文献を参考に簡単に紹介すると、西ドイツ・イーストマン・コダック社が誇るスプリングカメラ、レチナシリーズの一つで、Continued

レチナ RETINA

ファイル 88-1.jpg コダック経営危機から端を発し、いろいろ考えていたら、レチナ(ドイツのスプリングカメラ)が気になり、休日の早朝から映画「アイガーの北壁」を見入ってしまった。特に、ショップのショーウインドウの所や、主人公の幼なじみルイーゼがカメラを操作するシーンは何度もスローやコマ送りで再生した。そして、そのカメラが何であるか何とかわかりました。そのカメラはコダック・レチナ type126 であると。そして使っているフィルムはコダクロームフィルム(KODACHROME Film)ということも。(2009年販売終了)レチナとはドイツ語で「網膜」のことらしい。カメラやレンズはやたらと目に関係する名前をつけたがるが、そこまで言うかな。
 そういってる内にこの折りたたみ可能なレチナが非常にほしくなってきた。正直国産60年代の金属製一眼レフの収集を基本とする私は、外国製のコンパクトなスプリング(フォールディング)カメラは1台も持っていない。以前米国製のコダック・シグネット35のボディーがたまらなくチープに思えて、コンディションの良いものを探したが、Continued

コダックの経営危機

ファイル 87-1.jpg ニュースで、米写真用品大手のイーストマン・コダックが、連邦破産法の適用を裁判所に申請したと報じられた。130年以上の歴史を持つコダックがどうしてこんなことになったのだろうか?報道では、「デジタルカメラの急速な普及など市場の変化に対応できず、経営危機に陥った。」と言っていたが、理解できない。そもそもコダックは写真フィルムの製造販売で、世界で圧倒的なシェアを持つ名門企業だったのに。
 なんでも、デジタルカメラやカメラ付き携帯電話が急速に普及する中、主力事業のフィルムへのこだわりが、事業構造の転換を妨げ、事業転換なども目指したが収益悪化に歯止めがかけられなかったらしい。(どうりでアップル社や富士フイルムなどを特許侵害で訴え、資金を調達しようとしていたのか。)富士フイルムが液晶フィルムや医薬品や化粧品などContinued

ホタルイカの素干

ファイル 86-1.jpg これは、名古屋へとあるイベントを見に行ったときの夕食に、色濃い味噌が苦手な私が、寿司屋か品の良い割烹をさがして宿泊所近辺を探索していたら、海鮮焼きを告げる看板を見つけ、思わず入ってしまったときの話しだ。
 ぐるめ情報誌やホテルに置いてあるパンフレットなどを参考にしながら2~3軒に目星を付けのぞいてみたが、感じが少し違ったり、満席で断られたりした。周辺には幾つもの有名なチェーン店の居酒屋や、テレビなどでも紹介のあったであろう飲食店が建ち並んでいたが、夕方、小腹が空いた際に、スパイシーなフライドチキンをいくつか食べたので、ガッツリ系は排除していた。そうこうしているうちに海鮮焼きの看板を見つけた。海鮮大好きの私が見逃すはずがない。勢いよく階段を上がり「浜焼○○」と書かれた店内にはいると、そこには、いくつかのテーブルに網焼きの卓上コンロが備わった、一瞬バーベキューハウスを彷彿とさせるような雰囲気であったが、大漁旗や漁具のようなオブジェが置かれていてContinued

南極観測船

ファイル 85-1.jpg 名古屋へ出かけたついでにガーデンふ頭に係留してある『南極観測船ふじ』を見学してきた。航海中の頃の様子をそのまま紹介してあり、展示物などを含め南極観測事業の理解にはじゅうぶんである。
 乗船口からはいると、いきなり食堂と調理室に案内される。近寄らないと実際の人と見間違えるような人形や食品が配置され、少し戸惑った。船室や事務室も医務室も、おおよそ当時そのままのようになっているようだ。一般に公開されていない部分はあるものの、トイレは実際に使用できるようになっていて、静かに目を閉じると気持ちは乗組員になった気分だ。エンジンルーム近くには居住区があり、3段に吊られた約60cm弱の鉄網状のベッドが100以上はあるだろうか。仕切りもなくプライベートなんていう考えはどうなっていたのだろうか。第一、エンジンの音がうるさくて寝ることができたのか疑問だ。砕氷能力は厚さ80cmまでの氷は連続砕氷可能で、船体を前後に揺らすシステムがContinued

厳冬の八ヶ岳

ファイル 84-1.jpg 年末年始を山で過ごすようになったてからどれくらいたっただろう。毎年出かけるメンバーは固定化してはいるが、今年は一昨年同行したカナダ人Maruとその妹Jenny(現オーストラリア在住)を連れてのツアーとなった。正直当日まで面識の無かったJennyがどれだけの人物かを知らされないままであったが、雰囲気に流され決行することになった。案ずるより産むが易し、何のことはない彼女は本国でロッククライミングのライセンスを持ち、ボランティアで山岳スタッフとして働いた経験のある超エキスパートであった。老体にムチ打つ我々とは大違いであった。
 プロローグの北沢では、遅れる私たちを尻目に、目に付く壁に飛びついたり、岩の隙間をくぐり抜けたり、ダイナミックなボディーとは裏腹に行動は幼い。持ち物もカップやお椀は和が好きといいContinued

桑名市散策

ファイル 83-1.jpg 三重県桑名市に出かけた。少し時間があったので、どこか観光しようと思い、パンフレットを開いたが、めぼしいところはあまりない。思い起こしても「その手は桑名の焼き蛤」位しか出てこない。前夜の夕食でお世話になった寿司屋でも「七里の渡し」程度の情報しか得られなかった。どのみち地方の町には歴史はあっても、観光事業にまでは及ばないといったところであろう。そうは言っても時間を持て余すのはよろしくない。観光スポットのトップにあった「六華苑(ろっかえん)」を覗いてみた。いただいた資料によると旧諸戸清六邸で、国の重要文化財になっているとのことだ。諸戸家といえば「日本一の山林王」と言われた大富豪一族だ。
 入苑料300円を払って受付を過ぎると、Continued

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