八ヶ岳で国際交流
(2009.12.28〜09.12.31)

恒例の年越し登山に出かけた。私は山の上で新年を迎えることにそれ程の価値は持っていないが、年末年始の長期休暇に山に行かないことの方が問題だ。山と写真を趣味にしているものが絶好のタイミングを逃す手はない。もっともこのような特別な時期に 自身を優先することはいろいろな方面に迷惑を掛けることとなるが、そこら辺りはご容赦願いたい。ましてや、今年は長男も長女も揃って大学や高校受験だというのに、申し訳ない限りだ。
 とにかく、少年のように何かにとりつかれたかのように、半ば飲み屋の常連のように行動を起こしてしまう。

今年は、いつものメンバーに加えて、カナダ国籍の Maru と Oliver の姉弟が同行することになった。英語講師として来日している Maru が私たちの山行計画を聞きつけ、来日する弟と参加したいと申し出てきたのである。最初、2人が外国人で冬山初心者ということと、私たちに十分な英会話能力もなく万が一のことを考えると、快諾できなかった。へたをすると国際問題にもなりかねない。決断までにはある程度の日数があったが、心配性で石橋を叩いて渡る派の私にはどうすることもできなかった。結局、他のメンバーの意見とMaru本人の人柄におされるように同行を決定した。実際20代前半の恵まれた体型の2人が、いくら経験があるといって、アラ五十 世代の私たちに体力的にかなわないわけがない。要所々々でサポートすれば何ら問題はない。
 コースはれいによって美濃戸から南沢を登りだし、行者小屋を経て「赤岳天望荘」泊。2日目は、横岳・硫黄岳を経由して「赤岳鉱泉小屋」泊。3日目に北沢をゆっくり下山する。私たちにとっては、木立や岩の一つひとつとまでは言わないが、何度も登っているので、熟知したコースである。彼らを連れて歩くには問題が一つでも少ない方がよい。
 「赤岳天望荘」を利用するのは2年ぶりだ。相変わらずのドリンク飲み放題サービスはありがたい。綺麗になった個室も以前に比べるととても快適だ。談話室のストーブも事故があってから新品のブルーバーナーに替わった。自炊も談話室が利用できるなど、私たちにとってはプラス点が増えた。しかし、なぜだか充分に安らげない。大きな声では言えないが、スタッフの本当にウェルカムという気持ちが感じられないのである。ひょっとして私たち一行が招かざる客なのだろうか。第一に全館禁煙が許せない。
 食事(キムチ鍋)をいただきながら、MaruやOliverとの会話を楽しんだ。楽しんだといっても私たちの英会話技術は、わずかに知っている単語を並べただけの幼稚なレベルで、今時の中学生の方が流暢に話すことができるのではないかと思う。日本語が全くできないOliverに何かを伝えようとすると、神経を集中して身振り手振りのボディーランゲージを駆使しても相当難儀する。幸いにMaruはかなり日本語ができるので微妙なところは通訳をお願いするしかない。ただ、丁寧に話しているのだろうが、Oliverの発音は比較的聞き取りやすく、理解できるところが多々あった。ネイティブな発音ではどうにもならない。私は10数年前カナダへ行ったときのことを思い出し、微かな記憶だけ をたよりに会話に混じった。
 どうでもいいけど、今の英語教育の目指すところが何かはよくわからない。最近の中学校の英語の授業ではとにかくよくしゃべって、ゲームをしたり、歌ったりしている。文法やライティングに重点を置くよりも、コミュニケーションツールとしての技術を高めていく方向になっていくのか。そんなことを飲み物のせいもあって周りを気にせず話していると、いつしか隣に座った教育関係者と称する2人づれに話しかけられた。昨年から文部科学省が一部先行実施している新しい学習指導要領では、子ども達に「生きる力」をはぐくむことを目指し、その中で、外国語教育をも充実させるとしている。現に昨年4月から多くの小学校では、5・6年生で外国語活動に取り組んでいると言う。しかし、英語が堪能でないから言うわけではないが、評価のことはさておき、重要なのは母国語である日本語だと思う。
 12月30日、天望荘を出発し、三又峰(2,825m)〜横岳(2,829m)辺りから硫黄山荘へ辿り着くまでは、かなりの強風に悩まされた。体重200ポンド(約90kg)超のOliverですら身体を支えるのがやっとという場面が幾度とあった。油断したMaruは突風にあおられ2回転を見舞われた。体位と重心の位置が影響したのだろう。
 硫黄岳山荘で昼食と休憩をさせていただいた。オヤジさんの姿も見えなかったし、利用客が少ないからか、ご自慢の薪ストーブには火が入っていなかった。残念だ。
 午後からも強風は止まず、硫黄岳まではケルン毎に避難しなくてはならなかった。おまけに積雪が少なく土石が露出しているのでアイゼンを装着ては歩きづらい。どうにかこうにか頂上を通過して風が穏やかなところまで来ると、Maru達は雪が程々に積もったオーレン小屋への分岐までの斜面でシリセードを楽しむ余裕を見せた。こういうところが何とも幼い。
 赤岳鉱泉小屋に着いたのは14:00を少し回った頃だ。受け付けを済ますと、会話と宿帳で私たちが常連であることを察知した主は、即座にワインを差し出し歓迎の意を見せてくれた。実に気持ちがいい。今年から本格的に小屋の仕事に従事することとなった息子さんを紹介してくれたり、息子さんは息子さんでわざわざ挨拶に来てくれたりで、ちょっと悦に入った瞬間だ。案外私たちの顔を覚えているからだろうとメンバー達は言う。商売や営業をしている方なら当然かもしれない。
 早速新しくなった自炊室の一角に陣取り、飲み物をいただきながら早めの夕食の準備に取りかかった。今回はオイルフォンデュとしゃれ込んだ。肉や野菜を油で揚げながら食べるのだが、食材係が小麦粉を忘れたので、ほとんど素揚げだったのがいただけない。
 自炊室で談笑していると、自炊のためやタバコを吸いに入れ替わり何人かの宿泊客が訪れてきた。Maru達が外国人だとわかるとそれとなく会話に入ってきたり、そこそこ話せる人は、「Where did you come from?」(どこから来たのか?)などと興味本位で問いかけてくる。会話こそしなくても、笑顔で会釈をするのは当たり前だ。おおよそ私たちだけでは怪訝そうな顔をされるだけだが、日本人は 妙に外国人にやさしい、ということが今更ながら実によくわかった。

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